華やかな遊興の場で王族たちの風雅をしのぶ
識名園しきなえん
琉球王家最大の別邸です。王家一家の保養と中国皇帝の死者である冊封使と接待など、外交面で需要な役割を果たしました。行けのまわりを散策しながら景色を楽しめる廻遊式庭園で、池の小島には中国風あずまやの六角堂や大小のアーチ門などが置かれています。創建は1799年。現在の建物は戦後復元したもので、独自の庭園デザインが貫かれています。
ここに注目!
昔は四角だった六角堂
名のとおり六角形の形をした六角堂ですが、明治期までは四角形だったこと、屋根が日本の伝統的な入母屋造りだったことが昔の資料からわかっています。1921年から1924年の間に六角形になりました。
石造建築の粋を極めた琉球グスクの最高傑作
中城城跡 なかぐすくじょうあと
中城湾を見下ろす標高160mの丘上に建ちます。1440年に築城家として名高い護佐丸が国王の命令により移り住み、その技術をもって改修・増築を行い、現在の形になったといわれています。6つの郭からなる城内には、琉球石灰岩を使用した城壁がほぼ完全な形で残っており、自然の地形を巧みに利用しながら曲線状に張りめぐらされています。
三の郭
護佐丸が増築した三の郭は、相方積みと呼ばれる高度な石工技術で多角形に河口された大小の石が積み上げられています。
ここに注目!ペリー提督が賞賛した門
1853年に来航したペリーは、中城城を調査して「その石造建築は賞賛すべき構造のものであった」と評しています。とくに北の郭にあるアーチ状の裏門は、エジプト式であるとしてその精巧な造りを絶賛しました。
美しい石積みに築城の銘酒の腕が冴える
座喜味城跡ざきみじょうあと
15世紀初頭に護佐丸が築城した名城です。東シナ海に臨む標高125mの高台にあり、西海岸一帯を見渡すことができます。琉球広告成立の初期、北部の旧勢力を牽制する目的で築城され、国家権力の安定に重要な役割を果たしました。城は2つの郭からなり、琉球石灰岩を用いて屏風状に築かれた城壁と、沖縄最古のアーチ形石造門が残っています。
ここに注目!
城壁の石積み
座喜味城の城壁は、約4km北東にある山田グスクの石垣を取り壊して造られたといわれています。かつては護佐丸も山田城にしを務め、立派な城壁をめぐらせていましたが、座喜味城建築後は20年ほどで廃城になりました。